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横浜地方裁判所 昭和51年(ワ)1209号 判決 1983年9月27日

原告

昭和信用株式会社

右代表者

松堂朝永

右訴訟代理人

宮代洋一

谷口隆良

佐伯剛

高荒敏明

被告

右代表者法務大臣

秦野章

右指定代理人

水庫信雄

外六名

主文

一  原告の各請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し金一、五〇六万三、五五〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から右支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  答弁の趣旨

主文同旨

なお、仮定的に、仮執行宣言がつけられる場合の担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因(原告)

別紙(一)のとおり。

二  請求原因に対する認否(被告)

別紙(二)のとおり。

三  請求原因に対する反駁(被告)

別紙(三)のとおり。

四  右三に対する再反駁(原告)

別紙(四)のとおり。

五  抗弁(被告)

別紙(五)のとおり。

六  抗弁に対する認否(原告)

別紙(六)のとおり。

第三  証拠<省略>

理由

一まず、本件請求原因事実について按ずるに、<証拠>を総合すると、後記のとおりその記載を一部訂正するほか、請求原因(別紙(一))第一及び第二の一ないし五記載のとおりの事実及び前記第一回目の融資金の返済については約束の返済期日に約束の金が振込まれたが、第二回目の融資金の返済については振込みが全然行われなかつたこと、竹内が防衛庁に冷凍いか等を納入したことのなかつたことを認定する(但し、請求原因第一の第一文((中村の職務))の事実、竹内が防衛庁に冷凍いか等を納入したことのないことは当事者間に争いがない。)ことができ、これに反する証拠はない。

(請求原因の記載の訂正)

1  請求原因第二の一のうち、「「絶対間違いない」旨を話し、かつ」の次に「恰も」を挿入する。

2  同第二の一のうち、「押捺されている物資納入書類」を「押捺されているかのような物質納入に関する書類(甲第一七号証)」と訂正する。

3  同第二の三のうち、「資料室内応接間」を「資料室内の閲覧場所」と改め、「振込むことを承諾した。」の次に、「右三名と中村とは、統制処で債権譲渡契約書(甲第一号証)、送金依頼書(甲第二号証)を作成し、かつ、福本は中村から調達品出荷支払通知書と題する書面(甲第三号証)の交付をうけた。」を捜入する。

4  同第二の三のうち、「かくて右三名は一たん」から「それらの欄に決裁印をもらい、」までを、「かくて右三名は一たん原告方に帰社したのであるが、右債権譲渡契約書および右送金依頼書の各承諾書欄に補給統制処の決裁済の印がなく、また、右の調達品出荷支払通知書と題する書面にはその右肩にコピーによる決裁済の印しかなかつたので、竹内と福本とは翌二月二〇日再び補給統制処に行き、中村に会い、中村から右各承諾欄に決裁済を示す印(後記六の2に認定、説示する印のことである。以下「決裁済を示す印」という場合には右同様、右認定、説示の印を意味する。)をもらい、また右書面の左下に決裁済を示す印をもらい、」と改める。

5  同第二の四のうち、「同年五月二〇日とのことであつた。」を「同年五月二〇日とのことであり、そのことを示すかのような物資納入に関する書類(甲第七号証)を示して説明した。」と改め、また前同様同第二の四のうち、「中村をたずね、中村を通して前回と同様債権譲渡・送金依頼を承諾してもらつた。」を、「中村をたずねたところ、中村は前回と同様債権譲渡・送金依頼を各承諾した。そして福本、竹内、中村の三名は、債権譲渡契約書、送金依頼書を作成し、かつ、福本は中村から調達品出荷支払通知書と題する書面(甲第六号証)の交付をうけた。」と改める。

6  同第二の五のうち、「中村にその趣旨を伝え、」から「職印をもらつてくれたのである。」までを、「中村にその趣旨を伝え、従前の債権譲渡契約書、送金依頼書を破棄し、新たに各同年三月二二日付の債権譲渡契約書、送金依頼書を作成して前記調達品出荷支払通知書と題する書面とともに中村の手渡したところ、しばらくして、福本は、中村から、各同年三月二二日付の決裁済を示す印が顕出されており、かつ、各「一等空佐星秀雄」なるゴム印が押捺されている債権譲渡契約書(甲第四号証)、送金依頼書(甲第五号証)、昭和五一年三月一九日付決裁済を示す印の横に新たに同年三月二二日付決裁済を示す印が押印された前記書面(甲第六号証)の交付を受けたのである。」と改める。

二次に、本件の特徴、経緯等につき按ずるに、<証拠>を併せ考えると、本件における竹内、中村の行為は、竹内において防衛庁と糧食の取引をしたことなど全くないのに、中村と共謀の上原告から金員を騙取せんと企んで仕組み、その騙取の目的を遂げた典型的刑法犯たる詐欺行為であつたと認められる。

すなわち、右各証拠によれば、次のとおり認められ、これに反する証拠はない。

竹内は、昭和四四年頃から、いわゆる食料品ブローカーとして主として水産物売買の仲介等をしてきたが、次第に負債を累積させ、昭和五〇年一二月初め頃には一億円以上の負債を抱えるようになつた。竹内はこの間の昭和五〇年一〇月頃統制処に勤務する中村と知り合い、中村の仲介で食料品取引を行うようになり、その都度中村に仲介手数料を支払つたりしていたが、中村は統制処第三部第三整備課計画班に所属していたものであつて、後記のとおり、糧食類その他物品の発注、その代金の支払等とは何ら関係のない職務を担当していたのであり、竹内も同年一二月初めころにはこれを知悉するに至つたが、債権者からの弁済の要求が厳しかつたため、中村の肩書を悪用し、自衛隊との取引という名目の下に金品を騙取することを企み、中村を誘い、他方中村も以前仲介した取引先から代金の支払を迫られるなど金員の支払に苦慮しており、また、自己の遊興費も欲しかつたことなどから、竹内の誘いに応じることにした。

そして、竹内と中村とは共謀の上、昭和五〇年一二月中旬頃から同五一年五月中旬頃までの約五ケ月間の間に、まず、自衛隊に納入すると偽つて業者から数の子六トンを騙取したのを手始めとし、竹内が統制処に対し食料品納入代金債権を有するかのような外観を有する公文書を偽造した上、この債権を担保に金員を融資されたい旨虚偽のことを言葉巧みに申入れ、多数の金融業者等を欺き、これらのものから次々と借入金名下に多額の金員を騙取し続け、その騙取総額は約二億五、〇〇〇万円にも上つたのである。

竹内や中村には、旧債務の弁済や、前の犯行の隠蔽のために右のように次々と犯行を重ねざるを得なかつた事情もあつたが、両名らはもとより右騙取金員の中からその一部を自己の生活費や遊興費にあてていた。

そして、本件事案は、右のように連続した詐欺の犯行の一環をなしているものである。

三そこで、以上に認定、説示した中村の行為を原因とし、被告が民法七一五条一項により原告に対し損害賠償の責に任ずべきかどうかを検討する。

まず、同項による使用者責任は、被害者の救済を第一義的な目的として規定されているものではなく、報償責任の一種として規定されていると考えるべきであるから、被用者の行為が、同項の「事業ノ執行ニ付キ」なされたといいうるためには、(一)被用者のした行為が使用者の事業あるいはこれに付随するものの範囲内に含まれ、かつ、(二)被用者の行為が被用者の本来なすべき職務の範囲内のものであるか、あるいはそれと相当な関連性を有するものであることが必要であると解するのが相当であり、右の関連性の有無の判定に当つては、被用者がその不法行為に利用した手段、道具等の状況、特にその危険性、これらに対する使用者の管理の状態等をも考慮に入れて慎重に判断すべきである。

四そこで、本件について考えるに、<証拠>を併せ考えると、別紙(三)の三の1ないし4記載のとおりの事実(統制処の業務及び中村の担当職務の詳細)及び左記1、2の事実を認定することができ、これに反する証拠はない。

1  統制処は、主として補給処の行う業務に関する統制を行い、原則として、航空自衛隊の装備品等使用物品の購入業務を行つていないものであるが、例外として、日本国とアメリカ合衆国との間の相互防衛援助協定(昭和二九年条約第六号)第一条の規定に基づき、米軍から有償譲渡により引渡される装備品の調達(FMS調達)が、その特殊性にかんがみ統制処で行うべきものとされているほか、市ケ谷基地に所在する航空自衛隊において使用する一般事務用品等の調達を行つているにすぎないものである。

2  統制処では右以外の調達業務(調達要求を除く。)は行つておらず、本件のような海産物等の糧食品の調達業務は一切行つていない。一般に航空自衛隊の各基地で費消する糧食品の調達は、原則として各基地の当該機関によつて行われているのであるが、市ケ谷基地の航空自衛隊が費消する糧食品の調達及びその隊員の食事に関する食堂業務は、陸上幕僚長と航空幕僚長との協定により市ケ谷駐とん地の陸上自衛隊が実施し、市ケ谷基地の航空自衛隊はこれに依存しているものである。

五右認定事実からすると、本件において中村が装つてなした糧食品の調達、代金の支払、債権譲渡の承諾等に関する各行為は、統制処自体の業務と稀薄な関連性しかなく、また、中村が統制処において本来なすべき職務の関連性は更に稀薄であつて、右職務と殆ど関連のないものであることが明らかである。

六そこで、進んで、本件において、中村が詐欺の手段、道具として利用した統制処の施設、文書、印等の危険性、これらの管理の状態について検討しよう。

1  前掲各証拠によると、統制処の出入門警衛所における出入手続及び統制処内資料室は、通常業者等も必要に応じて利用しているもので、もとより本来危険なものではないことが認められ、これらにつき被告に管理上の手落ちがあつたことを認めうる証拠はない。

2  前掲各証拠によると、中村が本件において債権譲渡契約書、送金依頼書等に使用した決裁済を示す印は、統制処第三部第三整備課内部の決裁済起案文に押印し、これの押印により同課内部の未決裁起案文書と区分するためのもので、「決裁」なる文字と「日付」の文字と「補給統制処」なる文字が各刻まれたスタンプ印であること、したがつて右決裁済を示す印は決裁者が決裁の際押捺するものとは別のもので、外部に出す文書に押印されるものではなく、内部のスタンプ印として、同課の庶務担当者が保管しており、第三整備課の職員であれば誰でも自由に使用できるものであること、もとよりこれは本来悪用される危険の少ないものであることを認めることができ、右決裁済を示す印の保管等につき被告に手落ちのあつたのとを認めうる証拠はない。

3 中村が本件において詐欺の手段として利用した文書、すなわち、前記一で認定した甲第七号証、第一七号証(調達要求資料又は調達要求資料についてと題する書面)及び甲第三号証、第六号証(調達品出荷支払通知書と題する書面)について調べてみると、前掲各証拠によると、まず前二者の甲第七、第一七号証は、中村において乙第一一号証の二(調達要求資料についてと題する書式用紙)を基にし、これを改ざん加工して一見注文書のような外観を呈するように作成した偽造文書であること、後二者の甲第三、第六号証は、中村において乙第一一号証の一(調本調達品納地通知書・調本調達品出荷予定通知書と題する書式用紙)を基にし、これを改ざん加工して一見代金支払通知のような外観を呈するよう作成した偽造文書であること、右の各改ざん、加工の方法については、基になる書式用紙の不要部分に白紙をはり、必要な部分に加筆し、又はゴム印を押した上電子リコピー機で複写し、これにボールペンで、契約金額、支払期日等を記入し、又は必要なゴム印を押捺し、これを手許にとつておき、更にこれを複写して他にこれを交付する等細心、巧妙な方法がとられていること、右の乙第一一号証の二の用紙は第三部第三補給課に保管されている書式用紙で、この用紙は、統制処の物品管理官に調達要求を実施させるため同課内において検討する際の資料用紙であり、またこの検討を第三部第三調達課に通知し、同課において調達要求書を作成させるための通知用紙であること、右の乙第一一号証の一の用紙は、第三部第三調達課に保管されている書式用紙で、これは、防衛庁調達実施本部(以下調本という。)が調達する物品について調本から各補給先への通知書用紙であつて、物品管理官が調本へ調達要求をする際調本の手数をはぶくため統制処において予め記載して調本に送付し、調本がこれを利用して調達要求物品の納品先等に通知するものであること、これら二種の書式用紙は、いずれも部外との契約に使用されるものではなく、各課が業務を行うにつき要求資料記入用紙又は通知用紙として使用されており、第三部の職員ならば、常にだれでもが必要なときに自由に使用できるものであつたこと、これらの用紙は、もとより本来それ自体悪用される危険の少ないものであること、以上が認められ、一方、これらの用紙の保管等につき被告に何らかの手落ちがあつたことを認めさせる証拠はない。

4  前掲各証拠によると、前記債権譲渡契約書(甲第四号証)、と送金依頼書(甲第五号証)に「一等空佐星秀雄」なる記名印及びその名下に不鮮明な印影の印が各押捺されていること、これは、庶務的に使用される目的で前記第三整備課の文書係根本直一曹の机上附近に保管されていた「一等空佐」なるゴム印と「星秀雄」なるゴム印とをそれぞれ中村がその場の思いつきで適当に押印し、その名下に中村自身の認印を故意に不鮮明に押捺したものであることを認めることができ、右各ゴム印の保管等につき被告に何らかの手落ちのあつたことを認めるに足りる証拠はない。

七右の四、五に認定説示した本件における中村の原告に対する加害行為と統制処自体の業務ないしは統制処における中村の本来の職務との関連性、右六に認定説示した右加害行為の手段、道具として中村が利用した統制処の施設、文書、印等の状況、とくに、これらが本来悪用される危険性の少ないものであり、これらの管理等につき被告に落度のあつたことが認められない点等を考慮すると、本件における中村の加害行為は少なくとも前記三の(二)の要件である中村の本来なすべき職務と相当な関連性を有するものとみることができないから、同加害行為は被告の「事業ノ執行ニ付キ」なされたものに当らないというべきである。

したがつて、民法七一五条一項に基く原告の本訴請求はこの点ですでに理由がない。

八次に、原告は、被告国は公務員たる中村がその職務を遂行するにあたり、同人に不正、不法な行為のないよう注意、監督すべき義務があるのに、これを怠り、その結果、原告に本件の損害を与えたものであるから、民法七〇九条により責任を負うべきであると主張し、請求の趣旨記載のとおりの損害賠償の請求をしている。

そこで考えるに、たしかに、被告国は、自らの行政目的達成のため、その公務員がその職務を遂行するに当り不正、不法な行為をすることのないよう注意、監督しているものではあるが、しかし、被告国が個々の国民に対し、国の公務員がその職務を遂行するに当り不正、不法な行為をすることのないよう注意、監督すべき民法上の作為義務を負つているとはとうてい解されない。

したがつて、本件につき、国に右の作為義務のあることを前提として被告国に対し民法七〇九条に基き本件損害賠償を求める原告の本訴請求は右の点においてすでに理由がない。

九以上の次第で、原告の本訴各請求は、その余の判断をなすまでもなく、いずれも理由がなく、棄却を免れないものである。

一〇訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用する。

(海老塚和衛 菅原敏彦 氣賀澤耕一)

別紙(一)

請求の原因

第一 (当事者)

訴外中村栄作(以下中村という。)は国家公務員であり、航空自衛隊補給統制処第三部第三整備課計画班において防衛庁事務官としてその職務に従事していたものである。

訴外竹内春男(以下竹内という。)は、屋号を「竹内商店」と称し、東京都渋谷区恵比寿において食料品の販売等を営んでいた者である。

原告は肩書地において金融等を業とする会社である。

第二 (被用者中村の不法行為)

一 昭和五一年二月一五日頃、訴外犬山勇が原告方に赴き、原告に対し「防衛庁への食料品を納入している業者がいるのだが、資金不足で困つているのでその業者に金を貸してもらいたい。担保は防衛庁に納入している納入代金を当てるので絶対間違いない」旨を話し、かつ竹内商店が防衛庁に食料品を納入し、代金が金一〇、二四八、〇〇〇円也で支払日が同日四月二〇日となつている補給統制処の決裁印と担当者の職印が押捺されている物資納入書類を示して、融資方を依頼にきた。

同人の話によれば、利息は月6.5パーセント位、返済日は防衛庁の右納入代金の支払日とする。犬山には謝礼として利息の一〇パーセント位を支払うということであつた。

原告としては、勿論商売だから話にのつてもよいが、とにかく本人に会うことが先決である旨述べ、竹内商店の経営者を同行してもらいたい旨述べ、訴外犬山もこれを了解して帰つた。

二 同年二月一八日頃、右訴外人は竹内を連れて原告方を訪れ、前記と同様のことを述べ重ねて融資の申し込みをした。その際も原告に対し、両名から防衛庁からの支払いは絶対に間違いない旨が強調された。

そこで原告は、担保が確実であれば良い旨を述べ、このような場合担保として①防衛庁への納入代金を原告に債権譲渡すること②第三債務者である防衛庁が右債権譲渡を異議なく承諾することが必要であることを示し、竹内らもこの点は「絶対大丈夫」と答えたので、防衛庁の承諾をはじめ所定の書類が整えば前記申込みの融資条件で融資することとなつた。

三 翌二月一九日、原告従業員福本糺と訴外犬山、竹内の三名は、東京都新宿区市ケ谷にある航空自衛隊補給統制処(市ケ谷駐屯地)へ赴き中村が勤務する第三整備課のある建物の資料室内応接間で午前十一時半頃中村と会い、①竹内商店が防衛庁に食料品を納入していること②その代金が金一〇、二四八、〇〇〇円で支払日が同年四月二〇日であること等を確認したところ、中村はすべてこれを認めた上、竹内商店から原告への債権譲渡を承諾し、かつ支払日に原告の取引銀行に直接納入代金を振込むことを承諾した。

かくて右三名は一たん原告方に帰社したのであるが、債権譲渡契約書および送金依頼書の各承諾書欄に補給統制処の決裁印が無かつたので、翌二月二〇日、竹内と前記福本は再び補給統制処に行き、中村を通してそれらの欄に決裁印をもらい、原告は、原告方で竹内に対し、利息を天引して金八、七四二、六六八円也を手渡したのである。

四 さらに同年三月一六日頃、竹内は原告方を訪れ、再び前回と同様の融資条件で納入代金と同額の金額の融資方の依頼にきた。今度は、冷凍いかの納入代金は金一七、五二〇、〇〇〇円也で防衛庁よりの支払日が同年五月二〇日とのことであつた。原告は、必要書類が整い次第右金額を融資することとなつた。そこで同年三月一八日頃、前記福本と竹内は、補給統制処の中村をたずね、中村を通して前回と同様債権譲渡・送金依頼を承諾してもらつた。

しかし、同日福本らが帰社するや原告社長松堂朝永は、これらの書類の決裁済の印がいずれも一日ずれていたこと(すなわち、同年三月一八日付となるべきところ、同月一九日付になつていたこと)、また前回融資の返済期日前における二回目の融資であること、金額が増えていること等から書類をより厳格に作成すべきこととし、右福本に右の各決裁済の印の訂正と債権譲渡契約書と送金依頼書に経理担当者の印をも押捺してもらつた上で融資するように命じた。

五 同年三月二二日、右福本は、社長の命により、竹内とともに、補給統制処に赴き、中村にその趣旨を伝え、右の経理担当者の印を押捺してくれるよう要求したところ、中村は「一等空佐星秀雄」なる職印をもらってくれたのである。

かくて同日、原告は原告方で竹内に対し、利息を天引して現金で金九、〇〇〇、〇〇〇円也、翌二三日金六、〇六三、五五〇円也を手渡したのである。

六 しかるところ前記第一回の融資金の返済は、統制処での約束通り、返済期日に直接振込みがあつたが、第二回目の振込み(金一七、五二〇、〇〇〇円)は全然行われず、驚愕した原告は防衛庁と交渉したところ、竹内は防衛庁に冷凍いか等を納入したことはなく、本件は驚くべきことに竹内と中村が市ケ谷駐屯地を舞台に共謀して仕組んだ詐欺行為であることが判明したのである。

それにより原告は右合計金一五、〇六三、五五〇円也の莫大な損害を蒙つた。

第三 (被告の民法七一五条による責任)

本件は、白昼公然と市ケ谷駐屯地を舞台に、現職の国家公務員たる防衛庁事務官中村がその職務を行うにつき架空の物資納入書類等を作成しかつ補給統制処の決裁印、自己の職印等を使用してなした詐欺行為であるから、被告は、中村の使用者として民法七一五条一項により原告が蒙つた損害を賠償しなければならない。

第四 (被告の民法七〇九条による責任)

一 被告国は、中村がその業務を遂行するにあたり、不正、不法な行為のないよう充分注意、監督すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、その結果、原告に損害を与えたものであつて、民法七〇九条による責任をも負うべきものである。

即ち、

(一) 中村は、原告会社従業員福本糺を数度に亘つて補給統制処の会議室に招致し、補給統制処の建物を詐欺事件の舞台とし、補給統制処の保管にかかる決裁印、調達品出荷支払通知書等を使用して、本件詐欺のための文書を作成していたにもかかわらず、被告国は漫然とこれを看過していた。

(二) さらに、中村は、昭和五一年三月一九日付で、補給統制処を舞台として鮭十トンを詐取し、さらに本件同様の手口で文書を偽造したことで、副処長から厳重注意処分を受けた。

これは、同年三月上旬頃、統制処が右事実を知り、陸・空各警務隊によつて調査したことを踏まえて、なされたものである。

しかし、国の右調査は極めて杜撰であり、かつ、その結果の処分も極めて軽く、かつ不充分なものであつた。

被告国において、中村に対する調査を充分になし、適正厳重なる処分をなせば、当然のことながら、本件は未然に防げたものである。

二 よつて、被告国は、中村に対し、右に述べた点において監督義務を充分尽くさなかつた過失があると云うべく、民法七〇九条によつても、本件原告の損害につき、その責任を負うべきものである。

第五 (結論)

以上の次第で、原告は、民法七一五条に基づき、そうでなくても同法七〇九条に基づき、被告に対し、原告の蒙つた損害金一五、〇六三、五五〇円及びこれに対する不法行為の後である本件訴状送達の日の翌日から右支払済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めて本訴に及ぶ。

別紙(二)

請求の原因に対する認否

第一について

第一文は認め、その余は不知。

第二の一について

「竹内商店が防衛庁に……物資納入書類」は争い、その余は不知。

第二の二について

不知。

第二の三について

「中村を通してそれらの欄に決裁印をもらい」は争い、その余は不知。ただし第三整備課のある建物の資料室には閲覧場所はあるが応接間は存在しない。

第二の四について

「中村を通して前回と同様債権譲渡、送金依頼を承諾してもらつた」は争い、その余は不知。

第二の五について

「中村は一等空佐星秀雄の職印をもらつてくれた」は争い、その余は不知。一等空曹星秀雄なる人物は実在するが一等空佐星秀雄なる人物は実在しない。

第二の六について

「防衛庁に冷凍いか等を納入したことはなく」は認め、その余は不知。

ただし、国が返済期日に原告主張の金員を振込んだ事実はない。

第三について

争う。

第四について

争う。

別紙(三)

請求原因に対する反駁(被告)

一 本件における中村の行為は、民法七一五条の「事業ノ執行ニ付キ」なされたものに当らない。

右の要件の判断にあたつては、(一)被用者のした行為が、使用者の事業あるいはそれに付随するものの範囲内に含まれ、かつ、(二)被用者の行為が被用者の本来なすべき職務の範囲内のものであるか、あるいは、それと密接な関連性を有するものであり、かつ、(三)第三者からみて被用者の行為が正当なその職務行為であると信頼するに足りるような外観があるときにおいて、すなわち、右(一)(二)(三)が全て充たされたときにはじめて、右要件が充足されたと解すべきである。

二 これを本件についてみると、航空自衛隊補給統制処(以下統制処という。)自体糧食品の調達業務を一切行つていないし、中村の本件当時の職務も、糧食品の契約とかその代金の支払、または国に対する債権譲渡の承認等とは一切関連のないものであつた。

統制処の業務及び中村の担当職務を詳述すると次の三、四のとおりである。

三1 航空自衛隊には補給統制処が置かれている(自衛隊法二四条二号及び三号)が、補給処は航空自衛隊の用いる需品、火器、弾薬、車両、航空機、施設器材、通信器材、衛生器材等の調達、保管、補給又は整備及びこれらに関する調査研究を行う(同法二六条)のに対し、補給統制処は右補給処の行う事務に関する統制業務を行うこととされており(同法二六条二)、両者は全く別個の機関である。

ここにいう統制とは補給処の業務が円滑に行われるよう計画し、その実施を指示し、また業務が計画どおり遂行されるよう監督し、計画目標と実績とを検討して業務遂行上のあい路を究明し改善する等の措置をとることである。

2 補給統制処の内部組織は、企画室、総務課、技術課、装備基準部、第一部、第二部、第三部、ナイキ課(現在は第四部)、資料部、業務課の一室、四課、五部から成つており、第三部は通信器材、電波器材、気象器材、写真器材、計測器、訓練器材等及びこれらの部品にかかる前記統制業務を所掌している(昭和四三年航空自衛隊訓令第三号「航空自衛隊補給統制処組織規則」)。

第三部には第三整備課、第三補給課、第三調達課の三課が置かれる(同規則二〇条)が、第三整備課の所掌事務について同規則二一条はつぎのとおり定めている。

二一条 第三整備課においては、通信器材、電波器材、気象器材、写真器材(航空機とう載の通信器材、電波器材及び写真器材並びにナイキ特殊装備品を除く。)計測器、訓練器材(航空機関係訓練器材を除く。)等及びこれらの部品(以下「第三部所掌物品」という。)について、次の各号に掲げる事務をつかさどる。

(1) 整備業務の統制及び指導に関すること。

(2) 整備の計画に関すること。

(3) 整備に関する調達請求に関すること。

(4) 改善及び改修業務に関すること。

(5) 技術関係図書の審査に関すること。

(6) 整備に関する基準の資料の作成に関すること。

(7) 計画諸元に関する資料の作成に関すること。

(8) 整備に関する標準化業務に関すること。

(9) 関係予算の調整に関すること。

(10) 部内の事務の総括に関すること。

(11) 前各号に掲げるもののほか、部内の他の課の所掌に属しない事項に関すること。

3 第三整備課には計画班、総括班、地上通信電子班、とう載通信電子班、警戒管制班、支援器材班の六班が置かれ、計画班の所掌業務についてつぎのとおり定められている(昭和四三年補給統制処達第三四号「補給統制処の内部組織に関する達」)。

(一) 部の所掌業務について、次の事項に関すること。

(1) 部の計画作成

(2) 事務の総括、調整

(3) 所掌予算の総括、調整及び現況は握

(4) 支援状況の総合は握、分析検討及び処理促進

(5) SOPの作成維持

(二) 前各号にかかげるもののほか部内の他の課の所掌に属しない事項に関すること。

4 計画班は当時班長(荒井三佐)以下四名であつたが、中村の担当業務は次のとおりであつた。

(1) 第三部内各課が作成した業務計画の進捗状況等の分析検討書を取りまとめ、部長承認を得るための諸準備に関する業務

(2) 会計検査院実地検査受検時に説明実施者が作成した質疑応答書の整理業務

(3) 補給統制処の作成する機関誌「装備」の編集委員としての業務

(4) 第三部一般秘密保全責任者としての業務

(5) 技術指令書案の接受、記録及び送達の業務

(6) 装備品の維持管理を能率化するための標準化についての会議日時案を部内担当者へ連絡する業務

四 右三に述べたとおり補給統制処第三部においては海産物等糧食に関する事務は一切所掌しておらず、また第三整備課計画班に配置されていた中村の職務の具体的内容は右に見たとおりであつて、中村は、物品の購入契約をするとか、代金の支払いをするとか、あるいは国に対する債権の譲渡を承諾するとかの業務とはおよそ関係のない業務に従事していた者であるから、仮に同人において原告主張の如き行為をなした事実があるとしても、これは、中村の職務の範囲に属する行為でもなく、それと密接な関連性を有しているものでないことはきわめて明白であるといわなければならない。

五 中村が、本件において、詐欺の手段、道具として利用した統制処の施設、文書、印等についても次のとおり、これらは、いずれも本来犯罪等に悪用される危険性のないものであり、本件は、中村の細心、周到な犯罪の計画、実行と原告の著しい不注意とによつて惹起されたものであり、このことからみても、本件中村の行為は、国の事業の執行につきなされたものに該当しないことが明らかである。

即ち、

1 統制処の出入門警衛所における出入手続、統制処内資料室は、通常、業者等も、必要に応じて利用しているもので、もとより、危険なものではない。

2 中村は、本件債権譲渡契約書等に使用した決裁済を示す印も単に防衛庁内部の決裁済起案文書に押印し、未決裁起案文書と区分するための日付入りのスタンプ印にすぎず、従つて、内部のスタンプ印であり重要なものではない。

3 中村が本件仮装取引において改ざん文書を造るために利用した用紙もいわばメモ用紙であり、例えば便箋のようなものである。また、右改ざん文書も一見して不自然なものであり、一般人であつても、少し注意をすれば、これが正規の公文書でないことはすぐ解る程度のものである。

4 中村の冒用した一等空佐星秀雄の記名とその名下の印鑑についても、誰でも自由に利用できる状態で保管されていた「一等空佐」と「星秀雄」のゴム印を中村が思いつきで適当に押印し、更にその名下に「中村」の認印を逆さまに押印して作成したものである。

六 被告は中村がその職務を執行するにつき、十分中村を監督していたものであり、また、そもそも、本件の中村の行為は、被告の監督責任の範囲外のものであるから、被告の監督責任と本件事案の発生との間には、何ら困果関係がないので、被告に民法七〇九条による責任の生じる余地はない。

なお、被告国は個々の国民に対し、公務員がその職務を執行するにつき不正不法な行為をすることのないよう注意監督すべき民法上の作為義務を負うものでもないから、原告の民法七〇九条に基く主張は主張自体失当である。

別紙(四)

別紙(三)の反駁に対する原告の再反駁

一 被告国は、中村の行為が民法七一五条一項所定の「事業ノ執行ニ付キ」行なわれたものとは言えないと主張するので、この点につき反論を加える。

民法七一五条一項にいう「事業ノ執行ニ付キ」なされた行為であるか否かの判断については、外観理論(外形標準説)が通説、判例となつており、近時、特に取引行為に関して、取引の安全、第三者の保護の観点から、より一層使用者の責任を強く認める傾向にあると言える。

然るに被告の主張は、同規定の解釈において、報償責任の法理にいまだもつて頑迷に固執し、第三者の保護、取引の安全を無視するものであつて、近時の趨勢に逆行するものと言わなければならない。

さらに、外観理論は、ひとり取引の安定、安全ということのみならず、本件の如き国家公務員の行為に対する国民の信頼、信用を保護するうえからも広く国の責任を認めていくのが民主主義の原則に添うものと言える。

被告は、「被用者の加害行為が被用者の本来なすべき職務の客観的範囲内であるか、あるいはそれと密接な関連性のあることが必要不可欠であり、かつ被用者の加害行為をその職務行為とみなすべき外観のあることが必要である」と述べているが、結局この被告の主張をつきつめてぬけば、現今の通説、判例となつている外観理論を実質的に否定することにつながるものである。

つまり、外観理論は、その被用者の行為が客観的に見てその使用者の事業に付随的な業務に関係すると認められるのか、否か、及びその行為が客観的外形的にみて被用者の職務に属すると認められるか否かから判断すべきであつて「客観的範囲内」である必要も「密接な関連」も必要としないものと解すべきである。

この点、被告の主張は、あまりにも使用者の責任を軽減し、国民の信頼を裏切り、取引の安全を軽視する結果となるものである。

二 そこで、右観点から本件を検討すると、以下述べる諸事情から訴外中村の行為は被告の事業の執行につき行なわれたものと言わなければならない。

1 第一に、自衛隊の存在自体がその発生から今日に至るまで、国民の目の届かぬところで組織され、運営されており、機構、組織、運営などについて、一般国民は全く知らないのが実情である。自衛隊の存在が憲法に違反するか否かをここで論ずるつもりはないが、憲法九条との関係から、国民に認知されないまま巨大な権力を持ち、組織整備がなされ、武器等備品類なども想像できない程になつていると思われる。このような中で、補給処あるいは補給統制処がどのような職務権限を持つものか、又はその処内において事務官がそれぞれどのような職務権限を持つものか、国民の圧倒的多数は全く知らないものと思われる。

「補給」と名がつけば、「補給処」も「補給統制処」もいずれも何か物資を補給するところ、買いつけをするところかなということぐらいは考えるであろうが、両者の差異を識別できることは極めて困難であると言える。

現に、被告側において職務権限について縷縷詳細な主張をなし、莫大な書証と証人を出して説明をしているが、この説明を聞いても充分には理解できない程である。

このような認識しかない一般人が、市ケ谷駐屯地の本件補給統制処に行つた場合、防衛庁か自衛隊において必要とする物資の購入やら支払いをする部署であると考えるのは無理からぬことである。

2 原告会社の従業員・福本は、「自衛隊がどういう組織内容であるかわかりません」と証言し、自衛隊と防衛庁の区別すらもできない程度であり、ただ恐ろしいところ、不正など全く行なつていないところ、又不正や悪などの全く入り込む余地のないところであると信じていたものである。

又、原告会社社長である松堂においても、国や自治体の中でも最も不正のないのが自衛隊であるとすら考え、かつ信用もし信頼もしていたものである。

このように、福本、松堂が自衛隊に対し、普通以上に信頼、信用したため、本件の如き中村に簡単に欺される結果となつたものであつて、被告が自衛隊を信用するな、信頼するなと言うのならともかく、一般国民はその内実を知らないこともあつて、自衛隊に対し絶大な信頼を置いているのが実情ではなかろうか。

3 訴外福本は、補給統制処に赴いて中村に会い、同処の会議室を使つて商談をし、その商談中に他の自衛隊の職員が近くに居ても不信がられることもなかつたのであるから、一般人としては、中村は職務の執行として取引の折衝をしているものと考えるのが通常である。

4 中村は、福本に対し、防衛庁又は自衛隊が竹内から物品を購入してその買掛金がある旨説明したのであるが、一般人として、それを疑うべき理由を見い出せないことは明らかであり、その言を信用し、かつその支払方法につき、その付随義務として債権譲渡等の手続をも中村が行なうものと考えても何ら不思議はないものである。

5 福本は、中村と補給統制処内において、少なくとも四回も取引の話をし、その都度中村の同僚もそばに居たにもかかわらず、一度として詮索をうけたこともなく、又中村も堂々としており、隠し事をしているような態度は全く見せなかつた。

さらに、松堂においても、処内に電話をかけて中村と話をしており、同人から航空自衛隊補給統制処第三部防衛庁事務官の肩書のある名刺ももらつている。

6 債権譲渡に関する書類の不自然さについて、被告はあれこれ批判を加えている。しかし、第一に、これらの書類の決裁印、中村のゴム印、用紙等が統制処内のものであり、かつ書類は全て補給統制処内において作成されていること、前述したとおり自衛隊、防衛庁に対する一般国民の過度とも言える信用・信頼により、多少の書類の不自然さは看過されてしまつたことなどの事情からすると、事後に冷静になつて書類をみて批判をするのは妥当でない。

むしろ、被告のように不自然な書類であり、相手が詐欺をしているのがわかるようであれば、原告が本件の如き多額の金員を貸付ける訳がないであろう。又、同種の手口で、原告のみならず多数の者が被害にあつている現実からして、被告のこの点に対する批難は当らない。

7 以上の事情からすると、中村が、原告に防衛庁の架空の買掛金を譲渡するというやり方で、原告から金員を騙取した行為は、その客観的・外形的な諸事情からみて、被告の事業の執行につき行なわれたものと断ずるのが相当であり、そうとすれば、被告は民法七一五条一項により責任を免れないものである。

別紙(五)

被告の抗弁

原告は、中村の本件行為が、その職務権限外のものであることを十分知りえた筈であつて、この点原告には重大な過失があるから、原告は、民法七一五条により被告に対して、本件損害の賠償を請求することができない。

これを詳述すれば次のとおりである。

一 原告は、竹内商店との取引につき、竹内商店ないし竹内の信用調査を十分行うべきであり、また本件債権譲渡につき真実統制処がこれを承諾するかどうかを十分調査、確認すべきであつた。

また、原告は、竹内商店が統制処の登録業者であるか、同商店が事実冷凍いかを統制処に納入しているかどうかも調査すべきであつた。

しかるに、原告は、これらの調査を何一つ十分に行わず、犬山、竹内や中村の言を盲信したのであり、右調査を原告がしていたなら、当時竹内が借金だらけのものであり、また、冷凍いか納入の事実などは全くなく、また統制処が一般に本件のような債権の譲渡を承諾する筈のないことを容易に知りえた筈である。

二 原告は、とくに、金融ブローカーである前記犬山から竹内を紹介されたとき、竹内は国に対する債権を担保にするというのであるから、竹内がなぜ市中銀行に貸付を申込まないかについて不審の念をもち、竹内の信用調査を行うべきであつた。

三 原告の従業員福本は、前記三整備課の窓口的な業務しか行つていない中村が食料品を扱うのを不審に思つており、このことを原告代表者松堂も知つていたのであるから、福本は統制処の中に入つていたことでもあり、福本はもう少し注意を払い、中村の同僚とか上司とかに対し挨拶等をかねて、会話をかわせば、中村が職務として食料品を取扱つていないことは容易に知ることができた筈である。

四 仮に、本件取引につき原告が書面調査に重点をおいたとしても、その調査方法は常識で理解できない程ずさんなものであつた。

すなわち、例えば、

1 第一回取引に利用された「調達要求資料」なる書面(甲第一七号証)には食糧品と書かれるべきところに備品と書かれていたり、大量の取引なのに発注日と納入日が同一の日とされているのに、原告はこれらの点につき不審の念を抱かず調べてもいない。

2 第一回取引に利用された「調達品出荷支払通知書」なる書面(甲第三号証)には納入業者名の記載がないのに原告はこの点を確認していない。

3 第二回取引に利用された「調達品出荷支払通知書」なる書面(甲第六号証)は、統制処が作成し将来竹内商店に通知すべき文書であつて、これに同店所有の同店のゴム印が押されること自体おかしく、これが押されているのに、原告はこの点も看過し、調査をしていない。

4 右の甲第六号証の書面には決裁済を示すスタンプ印が二つも押され、これらは決裁日付も字体も異つているのであるから、原告はこの不自然さに気づくべきであつた。

5 第二回取引に利用された債権譲渡契約書のうちの「一等空佐星秀雄」の名下の印影は、「中村」とてん書てん刻した私印を逆さまに押印して顕出したもので一見不自然なものであるから、原告はこの不自然さにも気づくべきであつた。

別紙(六)

抗弁に対する原告の認否

被告の抗弁は全て争う。別紙(四)で述べたとおり、自衛隊ないし防衛庁は一般国民において、国家機関の中で最も畏怖し、かつ信頼している機関である。

原告も右の例外ではなく、このような心理状態にある場合に、原告が被告の右機関を調査するとか、その書類を点検するとかということは全く期待できないことである。したがつて、原告は、本件取引につき重大な過失のなかつたものである。

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